当院の先端技術

紡錘体観察レスキューICSI (rescueICSI)

精子をふりかける体外受精では精子が正常でも受精しない卵が35%程度あり、全ての卵が受精しないことも10%程度の症例におこります。従来の体外受精では精子をふりかけた翌日に受精を確認するため、受精しない卵がたくさんあることもよくありました。当院では受精率を上げるために、昼の12時頃に精子をふりかけ、3時間から6時間後の間に卵の様子を見て、受精していない卵にレスキューICSIを行います。


 上下同じ卵子で、下段の写真は普通の顕微鏡で観察した卵子、上段の写真は偏光を試用した特殊な顕微鏡(Polscope)で観察した卵子。

受精する前の成熟した卵子は、極体が1個あり、極体の下に紡錘体(染色体)があります。精子が卵子の中に入り受精が進行すると、卵子の中から2個目の極体が出て紡錘体は消失します。極体と紡錘体の状態で精子が入り受精が進行しているかを判断します。

極体が2個あるように見えていても、実は1個の極体が2個に割れただけで受精していない卵子もあり、紡錘体を観察することで受精が進行しているかが判ります。精子が入っている卵子に、受精が進行していないと判定をしてICSIを行うと異常な受精卵になり、精子が入っていない卵子に受精が進行していると判定すると受精せず、受精進行の正確な判定が重要で、紡錘体の観察が役立ちます。

レスキューICSIを行っている施設は25%程度で、紡錘体を観察するには特殊な機器が必要なため、紡錘体を観察してレスキューICSIを行っている施設はさらに少ないのが現状です。
レスキューICSIを行う施設の多くは受精が進行していない卵子が50%以上や80%以上ある場合にレスキューICSIを行っていますが、当院では受精の判定に紡錘体を観察するため、受精していない卵の正確な判定が可能なため、受精が進行していない卵子が20%以上ある場合に行っています。体外受精の周期の受精率は80%以上に上がりICSIと同等で、受精卵の胚盤胞への成長もICSIと同等です。当院では他施設に先駆け2009年からこの技術を実施しています。

 

体外受精優先の受精方法

精子をふりかける受精方法の体外受精と顕微受精を比較すると、受精率は顕微授精で高く、胚の成長は同等もしくは体外受精が高いとされています。最初から顕微授精を行うと簡単に安定して受精卵が得られるため、顕微授精を行う割合が高い施設が増加し、60%以上の周期で顕微授精が行われていますが、精液所見が正常な患者に顕微授精を選択すると生児を得る確率が高くなることは否定される傾向にあります。体外受精で受精しない時にレスキューICSIを実施すると受精率は顕微授精と同等になりますが、レスキューICSIを行うには技術と手間がかかります。当院ではレスキューICSIを行う技術を確立し、より自然な受精方法である体外受精を第一選択にしており、50%以上の周期に体外受精を実施しています。しかし、体外受精だと生児を得る確率が高くなる明確な根拠もないため、患者さんに最も適した受精方法を選択します。

 

ピエゾICSI(Piezo ICSI)

従来の顕微受精(ICSI)は先端の鋭利な針を使用して卵の殻を押し破り、細胞質を吸引することにより細胞膜は破り、精子を入れていましたが、ピエゾICSIは機械により針へ微細な振動を与えることで、卵の殻と細胞膜を破ります。従来のICSIに較べ卵子へのストレスが低減され、受精率や胚盤胞到達率が良好になるとされています。当院では開院当初から全てのICSIに採用しています。

 

紡錘体観察ICSI(Sindle Localization ICSI)

通常の顕微鏡では卵の紡錘体(染色体)を観察することはできませんが、偏光を利用した特殊な顕微鏡(Polscope)で可視化できます。通常の顕微鏡で成熟していると判断される卵子の中には、まだ完全に成熟していない卵子も含まれています。それらは紡錘体が形成されておらず、受精させても低受精率になり、胚盤胞への発生も良くありません。Polscopeを使用して紡錘体が見える卵子にICSIを行うことで適切なタイミングで受精させることができます。また顕微授精の針で紡錘体を損傷することもなくなります。当院ではすべての卵子の紡錘体を観察しています。

 


救済人為的卵子活性化(rescue artificial oocyte activation: ROA)

顕微授精で卵子の中に精子を入れても受精しない卵子もあります。卵子は精子が持っている活性化因子によって受精が始まりますが、その活性化因子が欠如していたり、低下している精子では受精が始まりません。
顕微受精の4時間後に受精が進行していない卵子に、試薬により救済人為的卵子活性化(ROA)を行うことで受精を進行させることができます。そのまま放置しておいてもほとんど受精しませんが、ROAを行うと70%近くの卵子が受精します。胚盤胞到達率は普通のICSIより10%低くなりますが、受精しなければ0%です。当院では顕微授精の4時間後に受精の進行がない卵子が20%以上ある場合に、多くの受精卵を得るためにROAを行います。

 

胚盤胞のグレード判定と生産率予測

凍結した胚盤胞がどのくらいの確率で児になるかを知ることは、今後の治療や、移植する胚の順番を決めるために非常に重要で、生産率は胚盤胞のグレードにより変わります。
当院では、一般に使用されるグレードの他、詳細な細胞の状態と成長速度等も加味し胚盤胞を点数化し、患者年齢も加え予測生産率を出しています。

胚盤胞は刻々と形を変えるため、1回だけの観察では正確な判定ができず、タイムラプスインキュベーターを使用することで胚盤胞の質が詳しくわかります。当院では、すべての胚盤胞をタイムラプスインキュベーターで培養しています。

胚盤胞は、周囲に胎盤になる細胞があり、その内側の空洞の中に胎児になる細胞の塊があります。タイムラプスによる一方向からの観察では、胚盤胞の向きによっては、胎児になる細胞の塊が見えないこともあります。一方向からの観察だけで済ませる施設もありますが、当院では凍結や移植の前に胚盤胞を転がして多方向から観察することで正確なグレード判定を行い、精度の高い予測生産率を出しています。

 

採卵時の卵子の成熟度判定

採卵時の卵子は様々な成熟段階にあり、受精可能な卵子(MⅡ)が75%、やや未熟で採卵当日に成熟すれば受精可能な卵子(MⅠ)が10%、非常に未熟で採卵当日には成熟しない卵子(GV)が10%、その他、巨大な卵子(Giant)や壊れた卵子などが5%あります。成熟度は卵子細胞の横にある極体の有無と、卵子の中にあるGVの有無により判定します。成熟していないと受精ないため成熟度の判定が重要ですが、採卵で採れた卵子は、卵丘細胞という細胞で周囲を覆われているため、成熟度の判定が困難です。
ICSIを行う時は卵丘細胞を除去してから行いますが、精子をふりかける受精方法(IVF)では、卵丘細胞を除去すると受精率が低下するので卵丘細胞に覆われた状態で精子をふりかます。従来IVFでは成熟しているか否か判らずに精子をふりかけていました。しかし、技術と手間がかかりますが、少な目の培養液に卵子を入れ、卵丘細胞を伸ばして高倍率で観察すると可能になります。IVFの場合、成熟度がわかると適切なタイミングで精子をふりかけることが可能になり、受精率が向上します。

 

適切な媒精精子数の設定

精子をふりかける受精方法(IVF)は精液の所見が不良になると受精率が低下し、原精液の精子数、運動率、正常形態率などが影響します。ふりかける精子(媒精精子)が少ないと受精率が低下し、多すぎると異常な受精が増加します。媒精精子数は各施設が独自に設定しており、正常形態率の検査は手間がかかるため、採卵当日の精液の正常形態率を加味した精子数で媒精している施設は少数です。当院では採卵当日の正常形態率も加味し媒精精子数を設定するため、精子数が少な目の患者さんなどでも良好なIVFの受精率を得ています。日本ではICSIを行う周期の割合は60%以上ですが、当院では適切な媒精精子数の設定とレスキューICSIにより、多くの症例でIVFを選択でき、50%以上の周期でIVFを行っています。